2016年2月25日木曜日

25 印象派の巨匠ルノアール♪

1841年2月25日は、フランスの印象派の画家ルノワールの生まれた日♪




舟遊びをする人々の昼食 1880 – 81年 犬を抱いているのが後のルノワール夫人

ピエール=オーギュスト・ルノワールは、フランス中南部のリモージュに生まれる。父は仕立屋、母はお針子で、3歳の時一家でパリに移住する。幼いころから画才を示していたが、美声でもあったため9歳で作曲家シャルル・グノーの聖歌隊に入った。ルノワールを評価したグノーはオペラ座に入るよう勧めたが、ルノワール自身が磁器工場を希望した。



1854年、13歳で磁器の絵付職人見習いとなるも、機械化の影響から仕事を失う。ここからルノワールは画家を目指す。1862年にはエコール・デ・ボザール(美術学校)に入学。並行してはグレールの画塾にも入り、モネ、シスレー、バジールら、後の印象派の画家たちと知り合う♪





ムーラン・ド・ラ・ギャレット1876年 


今でこそ絶賛されているが、当初は木漏れ日や影を青や紫の色点で表現した技法が理解されず、「腐った肉のようだ」と酷評されていた。一時出品をやめるなどしたが、1878年にはサロンに出品を再開。


1879年の「シャルパンティエ夫人と子どもたち」は絶賛を浴びた。モデルのシャルパンティエ夫人は富裕な出版業者夫人で、自邸で催すサロンは評判が高く、ルノワールもここで多くの文化人や芸能人の知己を得た。




シャルパンティエ夫人と子どもたち 1878年


若きルノワールに師のグレールが「君は自分の楽しみのために絵を描いているようだね」と言うとルノワールは「楽しくなかったら絵なんか描きませんよ」と答えたという♪














 





Pierre-Auguste Renoir, commonly known as Auguste Renoir ( 25 February 1841 – 3 December 1919), was a French artist who was a leading painter in the development of the Impressionist style. As a celebrator of beauty, and especially feminine sensuality, it has been said that "Renoir is the final representative of a tradition which runs directly from Rubens to Watteau."


He was the father of actor Pierre Renoir (1885–1952), filmmaker Jean Renoir (1894–1979) and ceramic artist Claude Renoir (1901–69). He was the grandfather of the filmmaker Claude Renoir (1913–1993), son of Pierre.

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