江戸時代の漂流者、大黒屋光太夫がロシアから帰国するまえ、1791年11月1日に、女帝エカチェリーナ2世の茶会に招かれた。それにちなんで日本紅茶協会が、この日を「紅茶の日」と制定したんだヨ♪
大黒屋光太夫(だいこくや こうだゆう)は、江戸時代の船頭。1782年に、嵐のため漂流し、アリューシャン列島に漂着。ロシア帝国の女帝エカチェリーナ2世に謁見して帰国を願い出、約9年半後の1792年に帰国したんだ。
離宮ツァールスコエ・セロー↓ここで謁見した。
その後は江戸で屋敷を与えられ、数少ない異国見聞者として、桂川甫周や大槻玄沢ら蘭学者と交流し、蘭学発展に寄与したんだ♪
甫周による聞き取り『北槎聞略』が資料として残され、波乱に満ちたその人生史は小説や映画などでたびたび取りあげられているんだヨ♪
Daikokuya Kōdayū (1751 - 1828) was a Japanese castaway who spent eleven years in Russia.
Kodayu's people temporarily stayed in Yakutsk. In Irhutsk, Captain Khotkevich introduced Kōdayū's people to Kirill Laxman. Kōdayū's people had assistance by others, including Kirill Laxman, in Irkutsk. Kōdayū then left for Saint Petersburg in order to accompany Kirill to ask to be returned home in 1791. By the instrumental help of Kiril, Kodayu was granted an audience with Catherine the Great in Tsarskoye Selo and Kodayu's people were permitted to return home in November 1, 1791.
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