1599年3月22日、フランドル画家ヴァン・ダイク生まれる♪
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自画像 14歳時 |
アンソニー・ヴァン・ダイクは、アントウェルペンの裕福な家庭に生まれた。幼少のころから優れた才能を見せ、15歳で画家としての工房を構えたという。↑ 自画像に見られるように、若くして卓越した技量を身につけていた♪
その後数年で、巨匠ルーベンスの筆頭助手となった♪ ルーベンスの方も19歳のヴァン・ダイクのことを「もっとも優れた弟子である」と評価している♪
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自画像 22歳時 |
1620年にイングランドへ渡り、ジェームズ1世のために最初の作品を描いた。このイングランド滞在で、ルネサンスの巨匠ティツィアーノの絵画を目にする。その年、1621年の終わりにはイタリアに滞在し、その後6年間イタリアの巨匠たちを研究する。
イタリア人画家ベッローリは当時のヴァン・ダイクを「古代ローマの画家セシウスを髣髴とさせる華やかな男で、その態度は非常に抑制のきいた紳士的なもので、気性も陽気だった。衣服は絹服ばかりで、羽根や宝石で飾られた帽子を着用し、胸元には金鎖があしらわれ、いつも召使いをつれていた」と記録している♪
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「向日葵のある自画像」34歳 肩の金飾りは1633年にチャールズ1世から授与された。
向日葵は国王あるいは王室を意味している。 |
イングランド王チャールズ1世は、芸術に強い興味を示し、美術品は自身の威厳を増大すると考えていた。チャールズ1世はかなり小柄だったため、力強い威厳に満ちた君主として描くには相当な技量が必要だったという(笑
1632年にロンドンを再訪すると、彼を待望していたチャールズ1世は、ナイト爵と「サー」の称号、200ポンドの年金、主席宮廷画家 の地位を授与した♪ さらにヴァン・ダイクの絵画の数々を高値で買い上げ、王室は5年の間年金を払う必要がなかったほどだった♪
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「チャールズ1世の三面肖像画」1635年 - 1636年頃
彫刻のモデルとして使用するためにローマのベルニーニへと送られた
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ヴァン・ダイクは多くの肖像画、とくにチャールズ1世と自身の肖像画を、当時流行していた先のとがった髭の姿で描いた。これにちなんで、この髭は「ヴァン・ダイク髭」と呼ばれている♪
また、ジョージ3世治世のイングランドでは華美な騎士風の装束を「ヴァン・ダイク風」と呼んだ。トマス・ゲインズバラの「青い服の少年」(1770年)↓ は「ヴァン・ダイク風」の典型だという♪
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トマス・ゲインズバラ画「青い服の少年」(1770年) |
Sir Anthony van Dyck (
22 March 1599 – 9 December 1641) was a Flemish Baroque artist who became the leading court painter in England, after enjoying great success in Italy and Flanders. He is most famous for his portraits of Charles I of England and his family and court, painted with a relaxed elegance that was to be the dominant influence on English portrait-painting for the next 150 years. He also painted biblical and mythological subjects, displayed outstanding facility as a draughtsman, and was an important innovator in watercolour and etching.
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